最新の講座スケジュール   

2016年 04月 20日

<<2016年度心理カウンセラー養成集中講座>>
入学は随時です。いつクラスに入られても理解できる学習で進行されています。

■日時 日曜日  10:30~17:00
■4月17日、5月22日、6月12日、7月3日、8月21日9月4日、10月23日、11月20日、12月4日、平成29年1月22日、2月19日、3月12日.
■定員 10名
■参加費 160,000円(初めての方は入会金・グロース年会費 20,000円別途)
■会場 日本グロースセンター本部
■講師 大須賀克己、他
■学習内容 今、学校や会社等ではもちろんのこと、あらゆる集団生活の場でカウンセリングが必要とされております。当講座は、自由な雰囲気の中でカウンセリングの真髄を極め一方、カウンセラーの養成を目指すものです。カウンセラーになるために必要な課題について、当研究所独自の方法で学びます。自己啓発のためにご参加くださっても結構です。内容はカウンセリング理論、及び気功実践を行います。自由な雰囲気のエンカウンターグループとともに学習が進んでいきます。規定の単位を取得された方にはカウンセラーの資格を授与します。ご希望の方は詳細な内容を請求してください。

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◎第2土曜 エンカウンター・グループ
■日時 第二土曜日 13:00~15:30
■5月14日、7月9日、9月10日、11月12日平成29年2月18日(第三土)
■定員 10名
■参加費 各会 1,000円(菓子代共)

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◎女性のためのエンカウンター・グループと写経
■日時 13:00~15:30
■4月28日(木)、5月11日(水)、6月16日(木)、7月13日(水)、 9月14日(水)、10月13日(水)、11月2日(水)、12月8日(木),、平成29年1月26日(木)、2月15日(水)、3月16日(木)
■定員 10名
■参加費 各回払い 2,500円

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◎ベイシック エンカウンター・グループ
■日時 6月4日(土)・5日(日)10:30~17:00 2日通い
■定員 10名
■参加費 30,000円(会員28,000円)

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◎実存エンカウンター・グループ
■日時 7月17日(日)・18日(月祝)10:30~17:00 2日間通い
■定員 10名
■参加費 30,000円(会員28,000円)

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◎般若心経とエンカウンター・グループ
■日時 9月18日(日)・19日(月祝)10:30~17:00 2日通い
■定員 10名
■参加費 30,000円(会員:28,000円)

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◎エンカウンター・グループと心気功
■日時 10月15日(土)16日(日)10:30~17:00 2日通い
■定員 10名
■参加費 30,000円(会員28,000円)

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◎ロジャーズ理論とエンカウンター・グループ
■日時 12月24(土)・25日(日)10:30~17:00 2日通い
■定員 10名
■参加費 30,000円(会員:28,000円)

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◎ホリスティック・エンカウンター・グループ
■日時 平成29年2月11日(土)・12日(日)10:30~17:00 2日通い
■定員 10名
■参加費 30,000円(会員28,000円)

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◎表現アートセラピー(2日通い)
■日時 平成29年3月4日(土)、5日(日)
■定員 10名
■参加費 30,000円(会員28,000円)※食事各自

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◎心気功と歌とエンカウンターグループ
■日時 毎月第4金曜日 13時30分-18時
■4月22日、5月27日、6月24日、7月22日、8月26日、9月23日、10月28日、11月18日(第3金)、12月16日(第三金)、平成29年1月27日、2月24日、3月24日
■定員 10名
■参加費 2,500円(会場費、飲み物を含む)

お申し込み・お問い合わせは日本グロースセンター事務局宛にお願い致します。

〒176-0001 東京都練馬区練馬4-31-18 日本グロースセンター事務局
■電話 03-3993-1648
■FAX 03-3993-2151
■E-Mail: osuga-k@athena.ocn.ne.jp
お申込の際は次の項目をご記入ください。
氏名
住所
電話番号
FAX
携帯番号
E-Mai
l職業
年齢
性別



# by jgc-osuga | 2016-04-20 21:43 | 2016年度研修予定

奇跡の一本松   

2016年 04月 20日

奇跡の一本松 

■自然も心も

光り輝く春、そして初夏の季節へと矢の如く時が移りゆく。今年こそ大自然の愛に包まれて心豊かな年を過ごしたいものだ。それにしても、近年と言って良いのか、この冬から春にかけても又、厳しさ極まる時節であった。寒さに加え台風による土砂災害.海では高潮.川では氾濫、大洪水、それに依って生じた交通麻痺など、突然の出来事が余りにも多かった。

だが、外側の現象だけではない。若葉の季節を実感するには程遠く、人々の心が凍えてしまう様々な犯罪も多発している。まだ幼い子供への親による虐待の数々。更に、まだ中学生でありながら警官を襲い.自分が銃で撃たれたいと言う事件の悲しさ。今まで想像していた数や質を遥かに超えている様に思えるのだ。

この様な状況を見ると、自然災害ばかりではなく人間社会の中で、大人も子供も濁流のまっただ中にある様にも感じられる。無論、凡てが安定、調和していれば良いという訳ではないのだが、人間が育ってゆく過程に於いて、最も重要な家庭環境にも難しさがあるからであろう。

時に、子供は親から雷の如く叱られる事もあるが、又親の深い愛に包まれる。そして、すくすくと自分らしく自己成長して行くならば、それは良い家族環境であるとも言えよう。だが、何時も社会や他人を意識して不自然に頑張っているのであれば、表面は穏やかに見えても、それも又人生に味わいがない。何れにしろ、様々な苦難と圧力の中で自分らしく如何に生きるべきか、誰もが当面している課題である。

■激流に耐える

この様な内容の流れに沿っての事だが、自然災害の中にも人間に教訓となる話がある。周知のように、2011年3月11日、突如として特に東北地方において大震災が発生した。東日本の太平洋沿岸部を襲った津波は、太平洋に繋がる広田湾に面した高田松原付近に到達した。最大17メートルの高さで松原の木をほぼ凡てなぎ倒した。だが、70,000本もある松の内、一本の松だけが10メートル程の高さの波を被ったにも拘わらず倒れずに津波に耐え.枝も幹も無事な状態で残ったと言う。

災害を直接体験した者にとっては「奇跡の一本松」と呼ぶ以外に表現の仕様がなかったと言う。それは今、別称として「希望の松」とも名付けられている。いろいろ調べてみればそれなりの物理的理由はあったであろう。だが、大激動の渦中にありながら、大空に向かって悠然と聳え立つ一本の松は、被災者にとって、単なる物理的存在ではなかった。

その松は、様々な意見はあったにせよ、その後、復興の印として残される事になった。今多くの観光客がその松を訪ねて来るそうだ。その松だけを眺めに来る者もいると言う。恐らく一人一人が、心深く共感する何物かを感じ取っているに違いない。
 この様な現象から思うのだが、地上は様々な激変に満ちている。その調和を取り戻すために人間だけではなく、動物、その他一切の自然が葛藤しているのではあるまいか。その根底の願いは同じなのかも知れない。そうであれば、我々の人生も人間と言う枠の中だけに限定して考えるのではなく、他の動物や.植物、山、川、いや、もっと大きな大自然から学ぶべき所があろう。そこで、人間の生き方として二つの道がある様にも思う。だが、そのバランスが重要に感じられる。

■守りの道

凡ての生き物は自分を脅かす事態が起これば、己を守るために拒否的になり対立するのは当然である。だが、人間はその状態が長く続くのが特徴だ。いや、何も無い時でさえ恐れや不安で慄き、何時も傷つかない様に注意深くしている。それは常に甲冑(かっちゅう)を身に付けている様なものだ。徳川家康の言葉ではないが、「人生の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし。」である。

又、辛い思いを余りにも避け様としている時、次の事態が起こる。恰も麻酔をかけられている状態になり、目に見えない情報や自然の波動を感じ取れなくなり、直感力が鈍ってしまう。それは単に心理的な事ではなく、事実、神経伝達組織に変化が生じ、医学的にも働きが悪くなる様である。

その限界を超えて他人と共に行動出来なくなると、精神的に崩壊してしまう。多くの人々はこの様な不安に当面しているのではあるまいか。これが我々一般の姿であるとも言えよう。それでは他に生きるべき道は無いのか。

■達磨(だるま)道
或る神社の縁日に出かけた事があった。子供の頃を思い出してしまう。小さな露店商の店には七転八起の達磨が沢山並んでおり子供達が遊んでいる。どの方向に押し倒しても直ちに元の姿に立ち戻る。コンピューターの様な力ではなく、大自然のバランスで自己を回復するのである。

昔から達磨大師に開運を願う人々が多いと言われるが、その意味では子供にも大人にも愛される存在なのは自然である。私共は「一本松」の様に強靱な存在ではないだけに、達磨の如く幾度も倒れる事もあり、絶望してしまう事も数限りなくある。しかし、出来るだけ早く立ち直りたいと願う。残念ながら人間はその苦痛から脱却するために、更に思いを巡らし精神的に張り詰めて無駄なエネルギーを消費してしまう。

一方、自然に従って生きている動物は、人間では考えられない不思議な能力や繋がりで生活をしている。動物的になる事を奨励する訳ではないが、我々も動物である限り貴重な直感能力が潜在しているに違い。人間の活動として表現すれば、無心に行動している時の姿であるとも言えよう。

ある時、テレビを通して世界卓球選手権試合を観戦していた事があった。各々の選手が如何に相手を攻め込むかに就いて作戦を練り、同時に、それを忘れて無心に反応している姿は感動的であった。頭で考え、そして直感的に動く。この相反する二つの動きが同時に存在しているのであるから大変難しい。

戦う前の選手の言葉に依れば、何も考えず期待もせず、ひたすら集中して行きたいと言う。だが敗退した時の苦しみや悲しさは、その表情から如実に窺われる。特に日本の選手にはその様な感情が強く感じられた。それは次の対戦に力になるのか、逆に、心身を余分に緊張させる結果になってしまうのか、私には分からない。だがそこには、何とも言えない人間らしさに惹かれてしまうのだ。

17世紀の哲学者であるパスカルは言った。「人間は一本の葦であり、自然の内で最も弱いものに過ぎない。しかし、それは考える葦である。」と。
彼は子供の時は病弱であったが、父親の素晴らしい教育により世界的科学者に成長した。弱い人間が知的に探求する事によって到達した心境なのであろう。人間の特性として、「考える力」が重要なのは正にその通りである。

ただ多くの人々が困難に当面した時、それを解決するために考え過ぎて捉われてしまい孤独な心境から益々絶望的になる場合が少なくない。動物や大自然はその様な事から自由である。大混乱の中で悠然と青空に聳え立つ「一本松」の姿は、人間が容易に到達し得ない理想の姿として、学び仰ぎたい気持ちにさせるのではないだろうか。

大須賀 克己


# by jgc-osuga | 2016-04-20 21:36 | 詩とエッセイ

目を閉じて   

2016年 04月 17日

目を閉じて

■時の流れと私
灼熱の夏も過ぎて、ようやく過ごしやすい季節となった。異常な天候が続いただけに、果たして、これまでの澄み渡る秋空が訪れてくれるものかと気になるところである。せめて、秋の七草が地表を飾り、月が美しく光り輝いて欲しい。
子供の頃、月に到達するには飛行機で八十年程かかると聞かされていた。そこには兎が餅をついている夢の世界があった。現代は科学の時代であるとは言え、不思議に私には幼少の頃の記憶が懐かしい。
時の流れは、月どころか火星、木星、彗星にまで届く宇宙時代になった。その流れと共に私も又、可なりの人生峠を歩んで来た様にも思う。今改めて己の過去を振り返ってみたい気持ちになった。
そこで、以前に上梓した私の拙書の中の一冊、「自己開発への道・マネジメント社」を手にして、Ⅰページから開いてみた。世に出されて、もう既に三十有余年。そこには現在でも強く感ずる内容が記されていた。その一部を抜粋し.文章を多少繋ぎながらお話をさせて頂きたい。(― は文書の抜粋した所である。3~7. 頁)

■孤独なコミュニュケーション
「現代ほど通信やコミュニケーションに興味を持った時代はかつてなかったのではないだろうか。  これからは  いろいろな情報が様々な形式をとって我々の家庭に送り届けられる。我々と通信機との対話が盛んになってくると考えても良い。しかし、それらは個人的対話ではなく、むしろ機械を通した伝達である。――その最悪な結果は、犯罪が増加することであり、個人の精神的健康が、次第に破壊されていくことである。――様々な分野で.今までにあまり見られない精神病的兆候が現れ始めるであろう。」

■科学が人間に近づく時代
今、正にその時代に至ったのだとつくづく感じられる。これまでは素朴な人間を離れて科学技術が発展して行った。だが、これからは科学が人間に近づく時代になって行くであろう。か弱い人間を援助するロボットが研究開発され続けている。その結果、人間以上の記憶力を持ち、行動力があり、微妙な感情さえ表現出来るまでになるであろう。表面は人と変わらぬコミニケーションが可能な時代がやって来るに違いない。その時、我々は大いに助けられると同時に、人間存在が脅かされるかも知れない。
ロボットはともあれ、我々生きている人間同士のコミュニケーションもその方向に進んでいる様にさえ感じられる。若い人達は携帯電話を手放せない状況である。それは大いに便利なことではある。しかし、生きた個人間の直接的交流が失われる時、人は深い所で孤独感に苛まれ、生きる実感を失ってしまう。
医療や精神界の分野でも科学的知識や技術が発展し、様々な精神障害などが救われているのは事実である。だが一方では科学的知識に捉われ過ぎて、個人の深い心が理解されにくくなってしまう不安もある。その結果、逆に治療的効果さえ希薄になってしまう。

■自然の宿
心理学の世界に於いて、現代は人間同士の深い心の出会いが欠如しており、それを補うべき活動が特に必要である事を提唱したのはカール・ロジャーズ博士であった。彼の意思を継いで、私は様々な所でその分野に関する講演を行って来た。同時に、エンカウンター・グループ(出会い集団)と呼ばれる少人数のグループ活動も重要なものとして実践し現在に至っている。
大分昔の事にはなるが、米国という合理的社会から、自然を尊重する日本に帰国した時、私は 今まで以上に日本文化を大切にしたい気持ちになった。特に日本的雰囲気に包まれた中で研修を開きたい心情に駆り立てられていた。
そこで、最も心引かれる京都の郊外で二泊三日程のエンカウンター・グループを開催する事にした。出来るだけ自然に囲まれた素朴な宿を選んだのである。二十畳程の日本間に座布団を敷き、無理のない雰囲気の中で十人程の参加者が全国から集う事になった。私は夫々の参加者が話し易くなるための心理的手伝い、つまり、それを促進(ファシリテイターと呼んでいる。)する役割を担っていたのである。

■沈黙の時
第一日目は、夫々が自分自身の紹介と、その他軽い話の流れで進んで行った。第二日目、内容が次第に充実し始めて行ったその時、或る婦人が夫と子供に就いて深刻な悩みを語り始めたのである。その話が少々長い事もあって、聞いている者も疲れ気味の様子に見えた。その時、或る中年男性が多少厳しく彼女を非難してしまったのである。その瞬間から、グループの中に緊張が走り、やがて沈黙の時間に変化してしまった。
その状態が延々と続いた。この様な場合、私はグループの促進者としてどうすべきか、目を閉じながら迷い続けたのである。いろいろと心理的知識や理論が私の頭を駆け巡った。しかし如何なる結論に至る事もなく、ついに私自身も疲れ果て、ただ呆然と目を閉じて座り続けていた。

■小さな命の合唱
次第に日が暮れ始めた 。その時、何処からともなく様々な虫の鳴く声が聞こえて来たのである。いや、それ迄は気づかなかったのかも知れない。その中でも特に蜩(ひぐらし)の、秋の淋しさを伝える声が私の心に浸みてきた。そして、どれ程の時間が過ぎたのであろうか。
ふと我に返った。ところが今までの混乱し、疲れ果てていた苦痛が全く消え失せていたのである。そこで私は一呼吸おき、新たな気持ちで参加者に語りかけた。すると、その時点から一人一人の参加者に生き生きとした表情が戻って来たのである。最後にはむしろ感動的な会として終結出来たのであった。私としても、いろいろと頭だけで考える事から解放され、心が自由になって参加者に対応出来たことは幸いであった。
一般的に考えれば、それ程意味の無い事であるかも知れない。だが、私にとっては大変深い体験であった。いや、「悟り」の瞬間と言っても過言ではない。ただ、目の前の虫の鳴き声に「集中三昧(ざんまい)」出来ていたに過ぎなかったのだが・・・・。
蜩(ひぐらし)に心とられて 悟りかな

■落ち葉の絨毯
最終日の研修が終わり、参加者達との別れには寂しさもあった。だが、心は充実感に満たされていた。皆と別れてから、私は清水寺, 金閣寺、永観堂など、いくつか京都の寺を訪ねて東京に帰宅した。
その中でも特に、臨済宗大本山南禅寺を拝観した時の光景は忘れられない。晩秋の為か参拝者も少なく、静まり返った庭園いっぱいに散りばめられた紅葉は、絨毯で敷き詰められている様にさえ感じられた。あの深紅に彩られた情景が、今なお、秋の訪れと共に新鮮な記憶として私の脳裏に蘇えって来るのである。

大須賀克己


# by jgc-osuga | 2016-04-17 23:49 | 詩とエッセイ

一陣の風   

2016年 04月 17日

一陣の風

日本でのオリンピック開催が決定し、その日に向けてどの種目も猛訓練に取り組んでいるようである。華やかに優勝する選手達の陰には、見えない苦難な行(努力)が積み重ねられて来たに違いない。特にフィギュアースケートの分野に於いて、前人未到の記録を達成した羽生結弦君の素晴らしい姿が日々放映されている。心から祝福したい気持ちである。一方、私は地味な心理的分野に携わっている為か人間の多様な側面に触れ、人生について様々に考えさせられる。

■陰の人
次のような事が頭に浮かんでしまう。優勝出来た者には幸いであるにせよ、同じ努力を重ねながら、多くの人々の目にも触れない選手達がどれ程いるのであろうか。その努力の途上で怪我をしたり病気になったりして、大変な事が起こるようである。或るテレビ番組の中でその矛盾と苦しみが語られていた。ある程度名前が知られるところまで到達出来れば、それなりの意味があるのだが、それ以外の人は若い時に行うべきその他の人生活動を失ってしまう結果にもなろう。一つの事に向かって努力する素晴らしさと、その陰の悲しさを同時に感じざるを得ないのだ。
一般には物事を成し遂げるには苦しみを伴うのが当然であると考えるし私もそれには異存がない。だが、時にはそれを超えて、苦しみそのものが重要であるという極端な錯覚すら生まれる。指導者の中には虐待に近いような行動に至る者も少なくはない。それでは誰もが経験する、努力、苦痛.喜び、自然な人生など.どのように考えたら良いのであろうか。

■苦行の極限
人間を陶冶する上で東洋では古来、修行という行為が深い意味を持っていた。最近新聞紙上で話題になったものだが、仏教の中にも「千日回峰行」という大変厳しい苦行が世に知られている。8年ぶりにその修行に挑む僧が現れたと言われる。
例えば比叡山の峰や谷を7年かけて合計1千日めぐり礼拝する厳しい修業である。修行を初めてから700日を超えると9日間、食事や水.睡眠を断って真言を100、000回繰り返す。そして約40、000キロを歩く。約地球一周と同じ距離である。まさに生き仏となる修行だと言われる。その目的や結果がどのようであれ、我々凡人には遥か及ばない人間世界の極限的体験は感動の極みである。

■「中道」に救われる
私の兄は実業家でありながら仏教や心理学を学んだ変わり者であった。大分以前の事になるが、友人の僧がガンダーラ(紀元前6世紀頃から11世紀頃の王朝)時代に作られた小さな仏像を東京から持参して兄にくれた。まさに修行中の仏陀の姿であり、骨と皮の小さな座像であった。仏陀もかなりの苦行を行った事が感じ取れる。しかし、その果に感ずるところがあった。
人間を作る修行であってさえ、それだけに捉われ偏る事に疑問を感じたのである。皮肉にも、このような苦行を経験してこそ気づいた事ではあるが、悟りの一つとして「中道」という言葉が仏陀の中心的教えになった。凡庸な私にとってその言葉はまさに救いである。
我々は、努力や、苦しさ、喜び、その他様々な人生峠を越えて行かなければならない。では、どのように歩んで行ったら良いのであろう。私はこのような難問に対して正解を見つける事は出来ないのだが、少なくとも、か弱い自分を少しでも支えてくれる人生訓や、心理学的理論に心惹かれてしまうのだ。恐らく、私のこの思いに共鳴して頂ける人々が少なからずおられると思う。

■風疎竹に来たる
私は特に自然の情景に触れる時に感ずる心の安らぎを求めているように思う。子供の頃田舎の田園と共に育って来た事がそのようにさせているのかも知れない。大空の光を受けて輝く森や林、そして、生き生きと煌めく水の飛沫などに遭遇するとき、表現しがたい安らぎを覚えるのだ。
昔の事になるが、田舎にはそれぞれ離れて点在する農家が多くあった。その藁葺きの家を強風から守るために囲んでいる竹林が私にとっては大変身近でもある。素朴な竹林に起こる自然現象を通して人間の生きる知恵に触れている禅の言葉がある。
「風来疎竹 風過而竹不留声」・「風 疎竹に来る 風 過ぎて 竹に声を留めず
(采根譚)
一陣の風が疎らな竹林に吹いて来た。竹林は風を受けている間は音を立てるのだが、風が過ぎてしまうと、音も消えてその後に何も残さない。
我々の人生においても様々な事件に遭遇し、時には苦しみ、打ちひしがれる。だが、それも大自然の因果であるから致し方がないのだ。風が吹いている間は、竹林でさえ声を出して泣いているではないか。その時は涙に濡れる事もあろう。だが、それが去ってしまった後、再び風の吹くのを恐れたり、それに備える準備をしたり、いつまでも過ぎ去った苦しい妄想に捉われ悩まされ続けるのを止めようではないか、と言うのだ。

■捉われからの解放
「采根譚」という四,五百年前に書かれた古い書物は、儒教の思想を中心に老荘思想、禅などの真相を交えて人生観を舞台に仕上げたものだが、複雑極まりない現代社会にこそ、むしろ生きている言葉であるように思う。
凡人である我々にとって余り無理をして我慢したり努力する事が、必ずしも自分を生かす結果にはならない。人間の自然な本姓さえ失わなければ、何か事が起こった時点で、心身が必要な動きをする。たとえ望まない結果になろうとも、少なくとも、心は原点の「0」、つまり「空・くう」に戻り、いつまでも執着していない。そうでなければ.精神の根源であるエネルギーか限りなく消費されてしまう。。
科学の発展した現代社会に於いても、人間の本性は変わるところがないようだ。余り考え過ぎてそれに捉われると、その後の人生が逆流してしまう事が少なくない。そうであれば、私も少しずつ「捉われ」という悪癖から解放されるよう心がけたいものである。

(日本グロースセンター所長 大須賀 克己)


# by jgc-osuga | 2016-04-17 23:47 | 詩とエッセイ

木立に集う   

2016年 04月 17日

木立に集う 

■ゲーテの言葉
先日私は西武鉄道、飯能駅に降り親しき友の車に出迎えられた。久しぶりに太陽が燦々と降り注ぐその光に包まれながら、さらに狭い山道を小さな車が紆余曲折して走る。三十分ほどして到着したのは、秩父多摩国立公園の一部、名栗川の流れる小高い丘の上に建つ集会場であった。
杉、カラマツ、白樺など様々な木立が生き生きと大空に聳え立っている。緑に輝く草花が大都会に疲れた私の心身を癒してくれる。文豪、ゲーテの言葉ではないが、「新鮮な空気と光そして友の愛があれば、それだけでいい。」という心情に共感してしまう。
この会場で私を待っていてくれたのは、十歳前後の子供から七十歳前後の方々まで、今迄にあまり経験のない様々な人々二十数名であった。私は.心に関する話をして欲しいと依頼を受けて出向いたのである。

■目を閉じて
参加者は心の問題についてまだ関心を持つに至らない子供から、教育や心理学について海外で学んだ専門の方或いは様々な苦しみを克服した経験を持つ参加者など多様であった。
私はすべての参加者に理解してもらうためにはどのような内容について話したら良いものかと、一瞬戸惑いを感じた。子供も参加している家族的雰囲気の中で堅苦しい話をしても無理ではないか。然し一方では、それだけに貴重なグループでもあり、大事な時間であるとも感じられた。
そこで、私は即座に話の内容等について考えるのを捨てる事にした。目を閉じれば、窓から差し込む光と空気、そして私の前に並んでいる人々の息吹を感じ静かに呼吸をしていると、凡てが一つになって私の心に流れ始めていった。
私は参加者に向かって思いのまま話をして、その後に質問と共に時を進める事にした。ある時点で一人の男性が手を上げて私に次のように話された。「以前、私は精神的に悩んでいたのですが、現在は同じような悩みを持つ人々のお世話をしています。ところが不思議な事にすごく元気になったのです。どうしてなのでしょうか。」
私はこれまでの活動の中で経験し学んだ内容に従ってお伝えする事にした。緑に囲まれた自然環境の中で話をしている私は、単に心理的な話では物足りなくなり、もう一つの分野、それは古くから中国に伝わる「気」の存在について触れてみたい気持ちになっていった。無論心身の活力に直接関係する事だからである。

■流れて「空・くう」になる
「直接見えないのですが大きな自然と共に生きている私達の心身に「氣」と言われるエネルギーが流動しているように思います。大事なのはそのエネルギーを自分の中だけに止めず、むしろ外に向けて流す事が大切に思います。人間として同じ存在である他人との交流が最も自然であり効果的です。自分だけで悩んでいた過去から、現在は自分以外の人々に対して心を開き活動している事が元気の根源ではないでしょうか。
自分の中にだけ溜め込んでいくと、その力が働かずやがて自己破壊的になり、かえって苦しんでしまう結果になる事があります。エネルギーは流れる時に本来の力を発揮します。」
このような私の話を聞いて質問された方は、「自分の体験としてそれが納得できます。」と言われた。自分の悩みを解決しようとする事だけに拘っていた過去の自分から、現在はそのエネルギーが自分に溜まる事なく他の人々に向かって流れて行くために、心身は「空・くう」になって新しいエネルギーが注がれてくる。
この度の集まりは十分な時間もなく、多少私の話が中心になってしまったのだが、次にこのような機会が訪れた時は、参加者同士がお互いにゆっくり自分自身を語り、聞き合う出会い、自分を解放していく場を提供したいと考えている。
今回子供たちにとっても、暖かい参加者たちの雰囲気や柔らかい若葉に包まれていた為か、安らぎの時を過ごす事が出来たように感じられた。

■気を実感する
話し合いの時間が終わり、最後に数分の瞑想と二十分程の氣功実践を行う事にした。時間は十分ではないが場所としては広々とした大自然の中での氣功は都会で行うより遥かに理想的な環境である。静かな音楽と共に心を鎮め、そのあと体を使って氣功の実践に移っていった。
はじめに内氣功を行った。内気功とは自分の心身に気の交流を行う訓練である。静かな体操のようなものである。次に外氣功を行った。外氣功とは今回の場合、私が参加者に対して数メートル離れた所からセラピー的意味で気を送る。それによって参加者が様々な体験を実感する事が多い。
外氣功を行っている時は静かに立ち続けていただくのだが、気を送っている間に体が揺れ、倒れそうになったり、熱くなったり、筋肉が自然に動き始めるといった現象が起こる事が少なくない。このような身体的反応がなくとも内的には変わらないと思っている。今回は二人の方が不思議なように足の苦痛から回復されたと言われた。

■新たな世界を開く
これが医学或いは物理の専門的立場からどのような現象であるかについては、私自身定かではない。ただ私は1970代後半から体験的にこの重要性に気づき、心理学者や看護関係の先生がたを誘って数回中国での研究会に参加した事もあった。ますますその意義を深く感じ、今日まで活動を続けている。
その科学的根拠についてはむしろ英国や米国の信頼ある大学において実証されてきている。二十一世紀の人間存在を考えるとき、我々を包む大きな宇宙の働きについて更にその真実を極めて欲しいと願っている。(私の「氣」その他に関する著書についてはホームページを参照されたい。)
それにしても、今回豊かな自然の中で出会った方々と元気にお別れ出来た事は大変嬉しい限りである。日が暮れ始めた。わずか数時間の触れ合いではあったが帰宅する時には言葉で言い尽くせない充実感で満たされていた。 

大須賀 克己


# by jgc-osuga | 2016-04-17 23:43 | 詩とエッセイ

人生の絆   

2015年 04月 15日


心の世界へ

現代は不安の時代とも言われる。
日本ほど豊かで平和な社会はないのだが、多くの人々の心は尽きる事なく悩み続ける。
私が心の問題に関心を持って活動を始めてから可なりの時が過ぎた。そこに至るまでの過程には大きな切掛けになる存在があった。それは十二歳ほど差がある兄との生涯に渡る出会いである。

私の両親は茨城県で製材工場を営んでいた。兄は長男としてその後を継がねばならない古い時代でもあったのだが、しばし大学に進学したいという願いが父の快諾により可能になり法学部に入学した。
その途上、大東亜戦争が勃発し、神風特別攻撃隊として命果てる宿命にあった。
だが終戦になり、幸いにも無事帰宅する事が出来た。然し多くの戦友を失った経験は彼の心に大きな精神的空白を生み出したようだ。復員後、改めて大学で仏教学部に入学したのである。自分の荒廃した心を癒そうとしていたに違いない。
私は大学で実存哲学を学び大学院では東西の思想を統合することに関心を持った。卒業後五年ほど「ブレーン」「コピー年鑑」など出版物を創刊し「アイデア」というようなデザイン関係の仕事に従事していたのだが、相変わらず心の問題に関心を持ち続けていたため、1964年米国留学と共にカール・ロジャーズ博士に個人的な指導を受ける事になった。
このようにお互いに精神的な分野に関わることによって、私どもは心に関する話題などで時を過ごす事が多くなっていった。こうした関係がやがて互いの生涯を形成していったようにも思う。

ロジヤーズ博士に出会う
1949年、当時、茨城県にあった短大(現茨城キリスト教大学)のローガン・ファックス学長は、ロジヤーズ博士の教え子であり、初めて日本に博士を紹介したのである。私どもは郷里が茨城であったためか、早くからロジヤーズ博士の考えに触れる事が出来たのは幸いであった。
現在、二十世紀の心理学会に最も大きな影響を与えた一1人であると言われており、ノーベル賞受賞候補であったのだが、その直前に亡くなってしまったのは実に残念であった。
私は米国において学んだカウンセリング理論や体験を海外から兄に伝え続けた。その中でも特にロジヤーズ博士が公式なワークシヨツプとして1964年初めて開催した「ベイシック・エンカウンター・グループ(人間の根源的出会いブループBasic encounter group)」研修体験は貴重なものであった。
このような研修において、相手の話に対し「評価を越えて無条件に聴く」事の重要性について深く学ぶことができた。また「日本におけるカウンセラー養成に関する提言(Recommendations for the training of counselors in Japan・大学院論文 1969年)を米国の公式論文として完成出来たのもこのエンカウンター・グループ体験なくしては不可能であったと思う。日本のカウンセラー養成に関するものとしては最初の論文であったのかも知れない。
1971年に帰国して間もなく「聴き方教室」を法務省関係の財団法人・日本カウンセリングセンターの教室で初めて開催した。現在、「人の話を聞く事の重要性」が当然のように叫ばれているが、その言葉を聞く度に、当時の事が思い出される。
このような共同活動の中で、兄もまたカウンセリンの重要性を多くの人々に伝達したい気持がより強くなっていったように感じられた。産業界にも、そして県の教育委員長として教育界にも実践的な形で導入し、大きな実績を残していったのである。
その中でもカウンセリング研究所を東京と茨城県の中に創設するのが私どもの大きな願いであった。まず東京に「日本グロースセンター」を設立し、茨城県に関しては初期の頃.私が在米中の頃から何度も計画、相談し続け、かなり古い時期であるが、最初の研究所として「茨城産業カウンセリング協会」が創設されたのである。そのあと幾度か場所や研究所の名称は変わっていったのだが、現在の「公益財団法人・茨城カウンセリングセンター」にまで発展した事は兄としても大きな喜びであるに違いない。
彼の活動は全国的にも評価され、仏教伝道賞を授与され、NHK 教育テレビの「心の時代」には度々出演し、多くの人々の共感を得たのであった。
私は現在ホリスティック(全体的)・カウンセリングの重要性を強調しているのだが、共に活動してきた兄が三年ほど前、東日本大震災と同じ年に他界した時、人生について様々な思いがめぐり、改めてもう一度、生きる事の意味を辿ってみたい気持ちになっていった。

# by jgc-osuga | 2015-04-15 20:58 | 詩とエッセイ

人 生 峠   

2014年 09月 14日

人 生 峠 

花火に誘われて           熟年ニュース2014年9月9日記 A

花火大会に誘われ、新潟県長岡市へと渋滞する高速道路を走り続けた。私は茨城県出身だが、長岡、三島と呼ばれる地名に生まれ、祖先は新潟からの流れてあると聞いていた。そのためか、初めて訪ねるにも拘わらず不思議な懐かしさが感じられた。

高層ビルの窓からは無数の小さな家々が眼下に広がり、遥か彼方には連綿と繋がる山脈が地球の半径を取り巻いている様に見える。やがて真っ赤な太陽が神秘的な光を放ちながら山の端に沈んでいく。この壮大な大自然と我々人間によって創造された花火との共演である。

突然巨大な花が夜空に開く、そして散ってゆく。我々もまた花火のように思い切り自己を表現し、後はさっぱりと終わりたいものである。この様な瞬時の現象にも人生上深く学ぶものがあった。

山脈が呼びかける

更にもう一つ.狭い都会に住む私にとって、地球を取り巻くように連なる山脈に心が及ぶ。そこには無数の峠が存在しているのであろう。私は登山らしい経験が殆どないので実感をもっては言えないのだが、登山家にとっては例え困難や危険に遭遇しても、簡単に止められない魅力があると言われる。

私は精神的に悩む人達の相談を受ける機会が多い。ある日、40歳半ばの男性と接した時の話である。仕事は公的な所に勤務していた。話によれば、数ヶ月前までは自分に合った仕事のように思えて満足していた。然し職務が変わり、それほど難しい部署ではないのだが、特別な理由もなく心身が疲れ始め、電車で通勤するのも苦痛になり、ついに長期の休暇を取らざるを得なくなった。

彼は面接を続けている間に.暫く途絶えていた趣味の一つである登山を始めてみようと思い立った。当時は公務員であれば割合長期の休暇を取ることがそれほど難しくない時代でもあった。電車に乗るにも苦痛を伴う心身の状態でありながら、登山とは大変意外な事である。暫くしてその体験の一端を聞くことが出来た。

話によれば登山は多難な峠の連続なのだが、一つ一つ登り詰める度に元気を取り戻して行くように感じられた。その上家庭でも心に余裕が出来て、庭に咲く花の手入れもしたい気持ちに変化してきたと、以前より落ち着いた口調で話された。

これは心身共に疲れ果てた相談者が、実際に経験した一見不思議に思える話である。都内の通勤でさえ大変な体調であるのに、どうして登山など出来るのであろうか。彼の体験を通して思うのだが、人間の心には不思議な力が潜在しているに違いない。-

生きるための登山

すべての人が登山する訳ではない。然し誰にも越えなければならない峠がある。それを「人生峠」と呼んでも良いであろう。その意味では私もまた限りなく歩み続けて来た。険しく感じられた山路を辿り、やっとの思いでそれを越える度に、ある時は希望の絶景に心踊り、又ある時は不安の深淵に突き落とされる思いで意気消沈した。

その都度心を落ち着けたいと願い、様々な試みもした。深い呼吸法の実践、また瞑想する時も座禅する事もあった。「生きる上で様々に起こる現象は本来人間の力では如何ともし難い大宇宙の働きである」と了解する事によって心身の苦痛が緩和していく体験も幾度かあった。恰も小さな悟りを得たような気持なのだ。

ところで昨晩、ある地方では記録的な雨量によって引き起こされた土砂災害に多くの命が失われたとのニュースが放映されていた。身近な家族の命を亡くした悲しみは言語を絶するであろう。外的災害が.心の工夫や思いに関係なく一瞬にして発生したのである。私の会得した小さな悟りらしきものが助けになる筈もない。いや滑稽にさえ思えてしまう。

確かに日々様々に当面する出来事に対しては、自然と共に生きる限りそれを受容して行かなければならないのも事実である。だが余りにも巨大な力によって全てを失った被害者には慰める言葉もない。

幾多の難に救われて

考えてみれば私の人生にもいろいろと危機的局面があった。ロサンゼルスに滞在中大地震にも遭遇した。北海道の地震でもホテルが倒壊するかと思う程の恐怖を経験し、又淡路大震災では研修終了後、滞在予定を変更して難を逃れた。日航機の御巣鷹山遭難の日は私の誕生日でもあったが、当日は北海道での講演が終わり、帰宅には私も又日航機を利用していたのであった。その日の夕刻、知人を含むあの大惨事が発生した。今でも我が事の様に心痛く記憶に残っている。又東日本震災に関しても危ないところを逃れる事が出来た様に思う。

偶然にも幾つかの危機を避けられたのは幸いであった。だが実際に災害を被った人達の様に、私がもしその一つにでも直面していたら奈落の底に打ちのめされていたに違いない。その様に思う時、日々些細な事に捉われ悩みながら歩んできた己の小さな人生に、深く反省させられてしまう。これまで様々に救われた過去の出来事に改めて感謝したい。同時に一刻でも早く被災された方々が平和な心を取り戻し欲しいと念ずるばかりである。

絆の灯火

ロングフェローの言葉ではないが、「明けない夜はない。」常に変化して止まない大自然の中で必ずや太陽を見る日が訪れる筈である。その間、心は暗闇の中に閉じられているのかもしれない。だが心ある友との語らいを通し、僅かな明かりではあっても温かみのある絆の灯火を消さないで欲しい。時至れば突如として、人間に深く潜在していた力が働き、力強く立ち上がれる時が必ずや来るであろうと信じている。

(日本グロースセンター所長 大須賀 克己)


# by jgc-osuga | 2014-09-14 15:40 | 詩とエッセイ

花  火   

2014年 08月 23日

花  火
暫くぶりで、新潟県長岡市ヘと渋滞する高速道路を走り続けた。
私は茨城県出身だが、長岡、三島と呼ばれる地名に生まれ、
祖先は新潟からの流れであると聞いていた。
古い、しかし同時に新しい故郷を訪ねるような例えにくい気持ちであった
同行した友人、そして当地の人々との出会いも楽しみの一つである。
13階の高層ビルの窓からは、無数の小さな家々が眼下に広がり、遥か彼方に
連綿と繋がる山脈が地球の半径を取り巻いているようにさえ見える。
あの高速での疲れは一体どこに消えてしまったのであろう。
やがて真っ赤な太陽が、神秘的光を放ち山の端に沈んでいく。
私もその神聖な自然に祈を捧げた。そして空は暗雲の帳(とばり)に包まれてしまう。
何もない闇の寂しさを癒すかの様に
三日月が静かに光を落とし始める。強烈な父親の太陽に比べ、
母親の優しさにも例えられよう。
突然地響きをたてて花火が打ち上げられた。平和な花火大会の筈なのだが、
一瞬戦場での砲撃開始のように胸を突く。戦下にある人々の姿がふと頭をかすめる。
平和な社会に住む我々の生活に.改めて感謝したい。
次の瞬間、大空に巨大な光の花が我々の頭上を覆った。そして散ってゆく。
絶え間なく様々に工夫を凝らして設計された花火師の苦労が感じられる。
観覧する我々もまた、大宇宙とともに生きる生命体であることを感得させられた。
間断なく打ち上げる花火は、咲いては散るという美しさの連続にすぎないのだが、
その奥には人生の教訓的哲学が示唆されているようにも感じられる。

禅の真理を表現した {空 くう} という言葉がある。
大宇宙は一瞬たりとも留まることのない大空間である。その中に生きる我々もまた
あれやこれや迷っていることより、自然の時にしたがって咲く満開の桜のように、
思いっきり自己を表現し.そのあとの散りゆく後悔に貴重な時を費やすべきではない、
そのようなに語りかけられているような思いがするのだ。
(日本グロースセンター 大須賀 克己)

# by jgc-osuga | 2014-08-23 19:55

秩父巡礼・心の出会い 2014年5月20日   

2014年 07月 29日

秩父巡礼・心の出会い 2014年5月20日
新緑に囲まれた花の季節.それは、都会に住む私にとって心の活力元でもある。この季節を迎える時.東京に最も近い自然に恵まれた埼玉県秩父での研修体験がよみがえってくる。私どもは、それを「秩父巡礼エンカウンターグループ(出会いの集団)」と名付けている。これは特別宗教的意味を含んでいるのではないが.私が長い間携わってきた心の出会い、カウンセリング活動の意味合いが深く関わっている。そこでの体験をお話したいと思う。
私どもはこれまで、この研修を35年間続けてきた。全国から20人前後の参加者が秩父の小さな宿に集い2泊3日の時間を過ごすのである。その時々によって、札所を巡るコースが多少違いはあるのだが.特に思い出深い体験と巡礼の流れについてお話したいと思う。
第一日目は、宿から二,三百メートルほどの小高い山の中腹に存在する二十三番札所「松風山音楽寺(しょうふうざんおんがくじ)」をたずねる。ここは、明治時代重税に悩んだ人々の起こした秩父事件で知られている。寺の前にある大きな梵鐘を突いてみると、その悲しい響きが秩父の町へと響き渡る。札所には、それぞれの寺特有なご詠歌がある。「音楽の み声なりけりお鹿坂の 調べにかよう 峰の松風」と書かれた碑が私には深い意味に感じられる。ここを最初に切り開いた慈覚大師が鹿に案内されたと言われるお鹿坂にそって、鬱蒼と茂る松林が寺を覆っている。時には風に吹かれて様々な音をたてる。松の木も命があり悲しい時もあろうし、楽しさに溢れて音を発することもあろう。人間だけの世界ではなく大きな自然の生命.それは仏の声であるというのだ。人間だけが命あるものとして考えている我々の認識に反省させられる思いだ。
そのお寺から百メートルほど下るところに.美しい自然に囲まれた空白の広場がある。そこでは参加者が輪になって気功の実践を行う。新鮮な空気とともに心身がよみがえる ようだ。空も次第に更けて星と町の灯りがキラキラと光り始める。宿に戻ると、暖かい手料理で配膳された夕食に舌鼓をうつ。この時から初めて出会う人々の会話が開かれ始める。食後しばらくして、夜の話し合い、出会いグループが始められる。今まで、自分の心にだけ留めていた個人的な話などが深夜まで続けられる。悩みに沈んでいたような人々も元気になっていくように見える。
次の日は一番札所をまず訪れ、そこから六百メートルほどの山の中腹に寂しく存在する二番札所「真福寺」を拝観する。一人一人の願いを観音様は静かに聞いているようである。
そこから四十五分ほど杉林の間隙を縫って細い山路を下るのだが、その途中はるか彼方に見える秩父の武甲山とそれに連なる山々の眺望には心打たれる。草木に触れながら、偶然一緒になって歩く参加者とともに自然に話し合いながら山を下る。時には早瀬の急流の流れを耳にしながら、我を忘れて自然とともに歩むのである。
そして、第四番札所「金昌寺」に向かう。そこでは小さな茶店の女将が我々の到着を待っていてくれる。昼食のため休ませてもらうのだが、いろいろ漬物や甘酒などを用意してくれているのだ。大きな仁王門から階段を登っていく途上に千数百体の地蔵さんが並んでいる。浅間山の噴火によって犠牲になった人々を弔っているという。現代に生きる私どもにとっても、決して古い話ではない。そのような災害がいつ降りかかってくるかもしれないのだ。
そして、いくつかの札所を拝観して日が暮れてくる。最後には十一番札所「常楽寺」から太陽が山の端に沈む情景を見送るのが常である。しかし時には雨や曇りで、太陽が顔を出さないことがある。主催者の私は、少しでも夕暮れの光を参加者に見て欲しいと心から願う。幾度か奇跡的情景が出現することがあった。。「感応道交」という言葉があるが、真剣に願うときは、大自然も答えてくれるのかもしれない。
このようにして二日目の夜を迎える。夕食後.話し合うため大広間に再び集うのである。お互いに知り合ってわずかな時間しか過ごしていないのだが、心は幼き輩(ともがら)同士のように自然に話し合うことができる。時が進むにつれて、時には静かな沈黙の時間が過ぎてゆく。またある時には大海のうねりのように波を打つ。古い書物の中に次のような言葉がある。「語り尽くす山雲海月の情」。構えることなく自然に心が出会うとき.そこでの話は、山の頂きに雲がわき立っていくようであり、また時には静かな月が海面高く光り輝いているようであるという。
このように心の出会いはカウンセリング研修の中でも、決定的に重要なことである。この深い出会いの重要性を最初に言い始めたのは、世界的心理学者、カール・ロジャーズ博士である。そして、エンカウンター・グループ グループ研修を始めた。幸いなことに私は、最初から個人的な指導を受けることができた。これを日本の中に少しでも広げることができたら、と私は願うようになった。
そのような活動の途上人間社会における心からの出会いは基本になることだが、それと共に、自然に触れることの大切さ、更に、目には見えないのだが、大きな宇宙の一部として生きていることを実感するようになった。これも秩父巡礼研修の賜物であるように思う。
一方、西洋社会における新しい自然科学.量子力学の側面からも宇宙全体が一つになって繋がっていることが最近確認されてきたようである。尖鋭の物理学者たちが長い間東洋で語られてきた人間や自然観について大変興味を持ち、今東西が統合しようとしている
このようなことから、他人との出会い.自分自身の人生との出会い.自然との出会い.そして、大きな宇宙との出会い.即ち、全体的に人生を理解する事が大変重要なことであると考えている。私は、これを「ホリスティック・エンカウンターグループ(全体的出会い)」と名ずけ、私の研修活動の中心としている昨今である。
(大須賀克己)

# by jgc-osuga | 2014-07-29 16:02 | 詩とエッセイ

水輪   

2014年 07月 29日

長い氷雪のトンネルを通り抜け、ようやく
春の香気溢れる世界に到達した。緑に開かれ
た平原。華やかに咲く花々よ・有り難う。こ
れからは未来に希望をもって生きられそうだ。
茨城の水戸市に近い田舎に生まれた私に
とって、あの偕楽園に咲き誇る梅林の香りが
私を引きつける。また江戸時代に植えられた
という国道の左右に、小学校への登校を見
守ってくれていた暖かい桜並木の景観が甦っ
てくるのだ。風に吹かれて子供たちを包む花
吹雪。小鳥も花も草も希望の季節を謡歌して
いるようにさえ感じられる。生まれ故郷の思
い出は、少々辛いことがあっても、現在の私
を支える記憶として消え去ることはないであ
ろう。
今、東日本の被災者たちは様々な不安な状
況が存在しながらも、生まれ育った所に戻り
たい、或いは高齢者であっても、古き故郷を
去りがたいという言葉をよく耳にする。事情
はともあれ、その心情に深く共感してしまう
のだ。
それにしても今年の冬は厳し過ぎたのでは
あるまいか。多くの高齢者たちにとっては冷
気が内臓までも浸透する思いであったに違い
ない。また数十年ぶりという豪雪にも遭遇し
た。
都内に住む私にとってみれば暫らくぶりの
降雪ではあったが、北国に住む人々と比べれ
ば、その深刻さからは遥かに遠い。
二月半ばであったろうか。私は個人的な仕
事のために近隣の喫茶店で過ごしていた。東
京としては本降りの雪が降り始めた。急いで
帰宅しようとして外に出てみると本降りとい
うよりは、綿雪が私の顔や洋服を静かに覆い
始めた。一瞬立ちどまってその柔らかい雪を
片手でつかもうとした。それは大劇場などで
最後の幕を飾るフィナーレのように、花吹雪
にも似た不可思議な快い感覚なのだ。そのわ
ずかな時が、私を子供時代の記憶へと引き戻
していった。
当時の冬は暖房設備のない木造住宅での生
活で、かなり厳しい寒さであった。小学校へ
は何人かの友が待ち合わせて集団登校する。
大場の照る温もりを求めて友を待ち、足袋も
はかず通い続けたその冬が今の私にとっては
余りにも格差がある。
広い田園に囲まれた自宅、上流には筑波の
山を望む澗沼川が流れていた。私の隣家には
古い池があり、そこには蛙やどじょう、小魚、
そして昆虫等が生息していた。そのような自
然環境の中で時おり綿雪が降り、それが積雪
に繋がることもしばしばであった。田や池の
水面は氷結して、子供たちは身近なスポーツ
を生み出し、それを石切と呼んだ。手頃な小
石を掴み、氷の表面に向けて投げつけるのだ。
飛んで行く距離によって勝敗が決まる。小石
はコンクリートに激突するような固い音を立
てながら遠くまで到達する。だが氷の上には
生きるものは存在できない寂しい風景なのだ。
やがて春の季節が訪れる。今まで冷たい水
中で耐えていた動物たちも新たな息吹ととも
に動き始める。小学生の私は、氷の溶けた池
の中を生活の場としている蛙や様々な昆虫な
どを観察することに興味を持っていた。その
ために池の縁に佇むことがしばしばであった。
静かに池の水面に目をやると蛙がじっとこち
らを睨んでいる。
ある時、周りの草むらから静かな水面に小
さな昆虫が飛びおりた。だが沈まない。私の
いることに気づいたのだろうか。私を恐れ、
じっと私の動向を伺っているように感じられ
る。私が手を差し伸べると、必死に逃げよう
とする。どのような小さな生命体であれ、私
どもと変わりない恐怖や、不安感、あるいは
春到来の喜びさえ感じられるのかも知れない。
古池の静かな水面は、微細な動きにも小さ
な波の輪を作り、虫の一瞬一瞬変化する心を
伝えてくれる。それは平和な世界だ。蛙が飛
び込む時に水の音がもたらす心の安らぎ、大
人であったなら、芭蕉の名句に共振してし
まったであろう。
-「古池や蛙とびこむ水の音」-
今、私どもはある意味で、豊かな社会に住
んでいる。何処にも通ずる交通手段、世界を
一瞬に駆け巡る通信網、かつては考えられな
い極限の進歩である。
だがそれとは逆に、職場、家庭、そして子
供たちの楽園であるべき教育の場においてさ
え、精神的に追い詰められ、心は氷塊のごと
く硬直し苦しんでいる人々が少なからずいる。
欝の氷に深く閉ざされ他者に心が開けないの
だ。石切ゲームのように、相手に対しても激
しく衝突する響きになってしまう。それは他
者を恐れ、自己を極限に守り続ける姿とも言
えるのではないか。感受性が失われ、相手の
微妙な心を感ずる事さえ出来なくなってしま
う。ひたひたと波うつ水面のように、命ある
もの同士が繊細な心の輪を通して理解し合い、
充実して生きたい。
心の春よ早く来い早く来い。そして永
い間冬に閉ざされた心を溶かして欲しいのだ。
仏の教えに妙観察知という言葉がある。
我々には人間という次元でしか論じられな
いのだが、本来意味するところは、人間だけ
でなく、花にも、動物にも、いや、この世に
存在する一切のものに喜びや苦しみが存在し、
その微妙な命のひだを察知、感じる事の大事
さを示唆しているように思う。私どもの知恵
では及ばない事だが、仏の大いなる智慧に触
れるだけで、どこか狭隘な人間だけの世界を
超えて、自然と共に生きる心もまた育くまれ
て来るように惑じられる。

# by jgc-osuga | 2014-07-29 15:57 | 詩とエッセイ